陰陽五行思想から考える、鳥居が赤い理由。

鳥居がなぜ赤いのか。

防腐剤の効果のある水銀が赤いから。
生命力を表す赤を用いて魔除けとしたから。

さらに、ユダヤの過越の祭で門に赤い血を塗るという風習から来ているなんて説もある。(個人的には、日ユ同祖論はロマンがあって大好きだ。)
(参考サイト:Wikipedia「日ユ同祖論

最近、陰陽五行思想を勉強しているのだが、
吉野裕子氏の「日本古代呪術 陰陽五行と日本原始信仰」を読んでいたら、なぜ「鳥居」という名称で、なぜ赤いのか、ふいに腑に落ちたのでシェアしたいと思う。


日本の原始信仰

吉野氏の説によると、古代日本における原始信仰では、東西に軸を置いていたという。
太陽の昇る東は、神の住む場所。常世。
東から昇った太陽は、一日が終わると西に沈んでいき、また新たに東から生まれる。東は生命の生まれる場所であり、そこから西が人間界。そのさらに西は死の世界だった。

東西の軸の例として、熱田神宮を中心とすると東の鹿島神宮と西の出雲大社がほぼ対称であること。(たしかに出雲には黄泉比良坂もあるし、出雲大社も死に関連づけて語られることが多い。)
そして、古代の都・飛鳥の東には三輪山があり、西の二上山の西側には多くの墓所があることが挙げられている。(しかし二上山の西に葬られているひとりである孝徳天皇は大阪の難波宮にいたはず。もっとも政治の中心は変わらず飛鳥であったという考え方もある。このあたりは確認してみる必要がありそうだ。)

このように常世から来た魂が、死して西へ向かう流れの中で、ちょうど中央には、生命を育み生み出す場所としての母胎及び女陰が位置していた。
東は、陽であり男性性。
西は、陰であり女性性。
この両極は中央で交わり、生命を生む。

日本の神話において、
イザナミが火の神を生んだときに陰部に火傷を負って死んだり、機織女が梭で陰部を突いて死んだのをきっかけに天照大神がひきこもったり、箸墓古墳で有名な倭迹迹日百襲媛命も箸で陰部を突いて死んでいたりと、女神の陰部と死にまつわるエピソードが妙に多い。
また、天鈿女は天照大神の岩戸隠れの際に神々の前で陰部を露わにして踊り、天孫降臨の折には猿田彦の前で再び露出している。
「なぜ?」と思ったことはないだろうか。
女陰はまさに生命の根源であり、それを損傷することは生命を失うほどと考えられていたと、吉野氏は言う。
また、女陰には呪術的な力があるとされ信仰の対象であったとする説には、なるほどと驚かされる。

もうひとつ、長くなるので詳細は省略するが「家を母胎と見なしていた」という。
家は人の暮らす最小単位であり、村や都と相似である。
村々の境界に建てられた、性をイメージさせる道祖神は、母胎の入り口としての女陰を表しているという。


陰陽五行思想との融合

その後、中国から陰陽五行思想が入ってきた。

陰陽五行は、陰と陽の二元論と思われがちだが、実は「太極」という存在がある。
陰と陽はこの太極から生まれ、やがて太極に統合されるという。
また、星々が北極星を中心に巡ることから、北極星は太極と同一視され、天帝=太一の住む宮と考えられていた。

さらに、北は陰陽五行では水(壬水、癸水)にあたる。
特に「壬(みずのえ)」は「妊」につながり、草木の種子の中に新たな生命が育まれている状態を表す。
そこから、東西軸の中央にあった「母胎」のイメージが北方に習合され、真逆の南方には、その出入口である女陰をおく南北の軸が生まれた。
(南方はどちらかといえば陽だが、陽が極まって内側に陰を含む。)

当時の都は、中国の長安を模して東西南北に四神を配置し、天皇の御所は北方に作られていた。
北が天帝の御座所であり、また生命を育む「母胎」だからだ。


神社の果たして南向きなのか

さて、ここまで吉野裕子氏の説を紹介してきたけれど、ここから先は私の妄想である。

よく「神社は南向きが多い」と聞く。
調査をしたこともないし真相はわからない。
しかし、そうだと仮定した場合に、神社が南を向いているのではなく、神様のいる場所が北なのだという考え方ができる。
すると、出入口は自動的に、反対の南になる。
ここに門を設置する。

南を守る四神といえば、朱雀。赤い鳥だ。
大切なお宮の門を守る鳥がいるから、「鳥居」。
南だから赤。
シンプルではないか。

著作の中で吉野氏は、鳥居については特に言及していない。(もっとも、まだ最後まで読み終わっていないのでどこかで出てくるかもしれない。)
しかし、当時の最先端の科学であった陰陽五行思想が、すっかり日本の文化に浸透し、今も日常のあちこちで目にするというのは、それほど荒唐無稽な話とも思えない。

吉野裕子氏の著作では「蛇」もわくわくそわそわしてしまう。
死と再生のシンボル、蛇。ちょっと強引な部分もあるが、それも含めてロマンを楽しみたい。