何を守るためにどこを諦めるのか。

 久しぶりにフリーペーパーを作った。「国東探訪」vol.00。今回は、我が家から歩いて数分先にある伊美別宮社について書いた。
国見の中でも伊美~竹田津は、どこに行くにしても半島を脱出するのに1時間近くかかってしまうという、まさに国東半島の奥地中の奥地だと思っていた。しかし、伊美別宮社はそんな秘境的なイメージを覆すほどの広さで、陸路よりも海路が盛んだった頃の賑わいを思い起こさせる。

由来の謎、祭神の謎、祝島の「神舞」、陰陽神と、伊美別宮社に対して思うところをたっぷり書いたつもりなのだけれど、秋季大祭の流鏑馬と国東半島最大の国東塔(特徴的な形の仏塔)についてはひとことも触れられず。

特に流鏑馬は、単なるパフォーマンスでは全くなく、本当に氏子さんが毎年練習して乗るというガチ具合。その年の祭りを担当する地区の、なるべく若くて軽い人が乗ることになっている。担当がまわってくるのは7年に一度。(20歳の子が乗ったとしたら、あと3回くらいは乗れそうだ。)
流鏑馬に選ばれた人は3か月ほど前から片道2時間半かけて乗馬クラブへ練習に通い始める。昔は農耕馬だったから、背も低くスピードもそれほど速くなかったというが、今はサラブレッドだ。背も高い。足も速い。祭り当日は観光客がずらっと並ぶために、馬のテンションがどんどん上がり、なおさら速く走ってしまうらしい。たいへんだ。
昔は的も縄もすべて皆で作っていたという話を聞いた。(ある年から、少なくとも縄はホームセンターから買うようになったらしい。的はどうしているんだろう。)人口は目に見えて減っているため、今までと全く同じように続けていくことは難しい。今年も氏子ではなく、移住して1年の男性が乗る予定だった。彼はたしかに伊美の住人だが、もしかするといつかは毎年プロが乗るようになってしまうのかもしれない。
何を守るためにどこを諦めるのか。流鏑馬だけの話ではない。国東半島だけでもないし、祭りに限ったことでもない。いろいろなことを少しずつ諦めながら形を変えて続いていく姿も切なく美しいし、何ひとつ妥協せずに絶えていくという散り様も私は尊重したい。