国東半島はあの世に限りなく近いと思う。

国東半島に引っ越して1年。

最寄りのコンビニまで車で30分。最寄り駅まで車で45分。(大分空港までは40分!)
国東半島の先端に住んでいたため、半島の外に出るのに右から回っても左から回っても、真ん中の山を突っ切っても1時間くらい行かないと町(ケーズデンキ、しまむら、マクドナルドあたりが並んでいる場所)に辿り着けない場所に住んでいたが、なんの不都合もないということが確信できた。

そこで、移住1年を期に別名「国東半島のシベリア」あるいは「半島の中の半島」とも呼ばれる、種田という集落に引っ越した。家賃が3分の1以下になるのも理由の1つ。今までは鉄筋造の集合住宅だったが、今度は2階建ての一軒家。まるでテレビで見るような田舎暮らしのスタートだ。


【種田の集落】

種田は海に面していて、他の全方向をすべて山に囲まれている。どこから行くにも山を越えなければ辿り着けない。私自身も、物件の下見に行くまでは「種田って、名前は聞いたことあるけれどどこだろう」と思っていた。
伊美の中心地からだと、国見病院の奥のほうから山に入る。「え、まだ山道が続くの?」と不安になってきたら、だいたい道半ばだと思っていい。急なカーブが続く山道を車で約10分。長い下り坂を降りると突然木々が開ける。そこが種田だ。

種田の朝は早い。
日の暗いうちから、近所の漁師さんが海に出る。海はほんの目と鼻の先だ。
どっどっどっど、と漁船のエンジンが心地よく響いてくる。
空がほの明るくなってくると一斉に鳥たちがさえずりはじめる。
マサさんちのコロが吠えている。宅急便か郵便局の人が来たのだろう。
縁側でぽかぽかとした日光を浴びていると、うとうと眠くなってくる。
片付けも進んでないし、洗濯もしたいけれど、ちょっと昼寝をしてからにしようか…。

-−と、こんな毎日を過ごしている。引越を手伝ってくれた友人には「穏やかすぎて腐りそう」と言われたが、もしかしたら私はもう腐っているのかもしれない。つい2週間前まで市役所に仕事に行っていたはずなのに、なんだかもう遠い過去のようだ。


【あの世とこの世の境界】

思い返せば1年前、国東市に引っ越してきたばかりの頃も毎日穏やかだった。
海を眺めながら30分の通勤時間。朝の海は太陽の光が煌めいていて、見ているだけで清々しい気持ちで満ち溢れるし、夕方には空と海の境目があいまいになって、ささくれだった心も優しく包み込んでくれる。多少嫌なことがあったとしても、常に癒され続けているためにストレスを貯め込むということが全くできない環境だった。

「国東時間」の提唱者であるアキ工作社の松岡勇樹氏は、国東半島を「あの世とこの世の境界」だという。山間に佇む祠を訪れたときや、遥か昔から連綿と受け継がれてきているお祭りの空間で、あの世の存在を肌で感じる瞬間がある。しかし、それ以上にここでの生活は私がこれまでに経験したことがないほど穏やかで、「あの世とはこんな場所なのではないか」と考えたことがあった。欲望もなく怒りや妬みもなく、ただただ穏やかな日々。

しかしその調子で数ヶ月が過ぎて、ある時「このままではまずい!」と思ったのだ。毎日がしあわせすぎて、何も欲しないから何も発信する必要もなくて、このブログも1年放置した。まさに、「このままだと腐る」と思った。
その後、国東半島の外に意識的に出るようになり、フリーペーパーも創り始めて、私はようやくこの世に戻ってきたのではないだろうか。種田に引っ越してくるまで、あの頃の「虚無」のような穏やかさを忘れていた。そしてどうやら再びあの世に迷い込んでいるらしい。


【今日のまとめ】

私にとって、国東半島は桃源郷のような場所である。その中でも種田集落の桃源郷感は群を抜いている。疲れている人には、ぜひ一週間ほど私の家に泊まりにきてほしい。大げさかもしれないが、肉体の呪縛から逃れられるような気がしている。
ただ、嫌なことがなくなればしあわせかといえば全然そんなことはないとも同時に思う。せっかくこの世界に生まれてきた以上、ストレスにまみれながら這いつくばって生きるほうが面白いのではないか、と毎日ぼーっと過ごしながら他人事のように考えている。