岩戸寺の修正鬼会で松明を運んだ。

国東半島には不思議なお祭りがたくさんあるが、なんといっても代表的なのが「修正鬼会」。(参考サイト:Wikipedia「修正鬼会」)1年に2回チャンスがあるにも関わらず(豊後高田市と国東市のそれぞれの寺院で1回ずつ行うため)、なんとなくタイミングを逃し続け、今年ようやく見ることができた。

住職の法螺貝が鳴り響く。修正鬼会のはじまり。

祭りがはじまるとタイレシと呼ばれる青年たちが水を浴びて身を清め、大きな松明に火をつけて運ぶ。今回は、この松明を運ぶボランティアとしてちゃっかり祭りに参加した。多くのお祭りは神事なので女性は参加できないものが多い。修正鬼会は仏教行事だからだろうか。(しかし密教系は厳しかったはず。)いくら人が減ってるとはいえ性別の制限は超えられない。女性である身にとって、こうして祭りに参加できるのはとても貴重な機会だ。
ちなみに男性の場合は、移住して数年で流鏑馬の射手や吉弘楽(五穀豊穣を祝う奉納舞で、無形文化遺産にも指定されている)の舞い手として活躍している人もいる。正直羨ましい。

松明は4本。タイレシ2人とボランティア8人とで、ひとつの松明を運ぶ。

重い。火に近いほうはかなり熱い。足元は階段で不安定だ。しかし私は背が低く、あまり力になれていない。階段の途中で、タイレシの合図で石垣に松明を打ち付ける。火の粉が舞う。鳥居の前で立ち止まり、松明で九字を切る。
指定の位置につくと松明を立てる。上からどんどん火の粉が降ってきて、目の前の人の髪に、肩に火の粉がつくのを慌てて素手で払う。同じように、私の肩も誰かがばしばし叩いてくれる。見るに見かねてか、誰かが私の頭から手ぬぐいをかけてくれた。

松明を下ろして消火すると、講堂で神事(仏事)がはじまる。周りには大勢の人と多種多様のカメラが群がり、何も見えない。何が行なわれているのかわからないまま待つこと約2時間。ようやく鬼が登場した。

今年の修正鬼会は2月3、4日と節分に近かったが、修正鬼会では鬼を追い払うことはしない。むしろ、仏の化身なのだそうだ。タイレシは地元の男性が引き受けるが、鬼の役には住職しかなれない。講堂に集まった人々を囲むように、松明を手にした鬼とタイレシが「オニハヨー、ライショハヨー」と声をかけながら回る。そして火のついたままの松明を、梁や壁に打ち付ける。その度に火の粉が舞い散る。友人のフリースには見事な穴が開いていた。神宮寺の住職さんが「この上に昔は講堂があったけれど鬼会で焼けた」と話してくれたのを思い出す。「なるほどな」と思った。

最終的に、鬼に松明で肩や背中を叩いてもらって無病息災を祈り、観客は解散した。鬼とタイレシは里に下りて個別に家を訪ね接待を受ける。

これまでに様々な写真や映像を見てきたけれども、実際の修正鬼会は想像を遥かに越えて荘厳だった。

初雪から、初春

先週、種田にも雪が降った。
暦の上でも大寒にあたる日だった。
種田は海に面した集落なので風が強く、雪が舞ってしまって積もらないらしい。3日間に渡って時にはらはらと、時にもさもさと降り続いたが、集落の中には雪は残らなかった。伊美から種田に抜ける山道に多少積もった程度だ。
まさか九州に雪が降るなんて考えもしなかった雪国脳の私は、スタッドレスを一式新潟に置いてきている。買ったほうがいいだろうか今年は買わずにすむだろうかと毎年悩んでいるが、今のところ大雪に見舞われたことはない。山手はだいぶ積もるようだが、国道に近い海側なら今後もなんとかなりそうだ。

今日は旧正月。
来週には立春だ。
新潟に住んでいた頃は、立春なんて一年でいちばん寒い時期だし「どこが春だ」と思っていた。しかし、昨日あたりから急に空気があたたかく、やわらかくなった。鳥のさえずりもにぎやかだし、そういえば日もだいぶ長くなってきている。家の玄関を掃いていてふと顔をあげると、集落のあちこちに花が咲き始めているのが見えた。春だ。
立春のひとつ前の節気が大寒なのは、まるで「夜明け前がいちばん暗い」という格言のようだと思う。極限まで煮詰まった寒さがほろっとほどける瞬間が、春の始まり、すなわち立春なのかもしれないなあと考える。

ここしばらくの間、あまりの寒さにこたつとほぼ一体化していたが、ようやく独立できそうだ。
明けましておめでとうございます。

庚申塔の勉強会に行ってきた。

国東市国見町にある涛音寮で、庚申塔の勉強会があった。

庚申信仰とは、そもそも道教由来なのだそうだ。
道教では、人には三尸(さんし)という虫が宿っているとする。60日に1度巡ってくる庚申の日には、この虫が寝ている宿主の体から抜け出して天帝にその日頃の行いを告げ口し、人の寿命を縮めさせると考えられていた。そのため、夜眠らないように皆で集まり、神々を祀って過ごした。これを庚申講、または庚申待などと呼ぶ。
この庚申講を3年18回続けた記念に建立されるのが、庚申塔だそうだ。

この庚申信仰が仏教と結びついた場合は「青面(ちょうめん)金剛」、神道と結びついた場合は猿田彦神を彫った庚申塔が多い。猿田彦神と結びついたのは、「申(さる)」につながるからというわかりやすい理由があるが、青面金剛に至っては日本独自の尊像だという。そんなところも日本らしい。

国東半島にはこの庚申塔が数多く残っている。半島全域では1000基ほどあるのではないかという話だった。
しかも「なぜこんなところに」と思うような山間にぽつんと立っていたりもする。(研究が進まないのはそういうところにも理由があるだろう。)当時の生活圏がそこだったのか。それとも他の理由でそこに建てられたのか。想像が膨らむ。

各地の庚申塔は、仁王像のように顔立ちもそれぞれユニークで、左右6本の手に持っているものも違うらしい。次にどこかで庚申塔に出会うのが楽しみになった。