1月を振り返る。

1月前半は普通に過ごしていたと思うのだけれど、後半はとにかく移動した。
新潟→(成田→)沖縄→新潟→(成田→)台湾→(成田→)新潟→(成田→)大分、で今日に至る。ようやく月末に辿り着いて感じたのは、「忙しくないと充実していないような気がする」病に陥っているのではないかということ。来月は四国と九州、再来月は北海道とアメリカに行く予定を入れてしまった。入れてしまったからには私に必要な旅行なのだとは思うのだけれど、何もない時間をもっと大事にする気持ちを持ちたい。

台湾に行くと決めたとき、友人が「観光じゃないことがしたい」と言うのを聞いて、なるほど!と思った。それはたしかに面白そうだったので、私も台湾人の営むゲストハウスを予約し、現地で開催されるワークショップを予約し、なるべく現地の人との接触を試みた。結果、ものすごく面白かった。ゲストハウスには各国から人が集まっていて、台湾だけでなくアメリカとヨーロッパに友人ができた。しかし、それ以上に自分の中で大きな変化があった。

私は高校の頃にアメリカに留学していたのだけれど、それはずっと自分にとっては良い思い出ではなかった。別にアメリカに興味があるわけでも英語が話せるようになりたかったわけでもなく、高校生活がなんとなくつまらなかったという理由で留学を選んでしまったこと。それまで日本でうまくやっていくために無意識に磨いてきたスキル(適当に微笑んでやりすごすとか。いわゆる空気を読む技術)が、アメリカではまったく通用しないこと。自分の弱さや薄っぺらさと日々向き合わされ、それまで築いてきた自信を徹底的に崩されたと感じていた。
しかし今回はじめて、留学も自分に必要な経験だったのだと感覚的に納得した。アメリカではなんども合宿に参加する(させられる)機会があったのだけれど、私はあの人まみれの空間に本当になじめなくていつもいつも「帰りたい」と思っていた。それでも今回、多言語が飛び交い多国籍の人が行き交うゲストハウスの中で、自分がどうふるまえばいいのか私はなぜか知っていた。そして、今回は「帰りたい」と一度も思わなかった。当時の記憶は私の中に今も生きていて、ともに成長しているのだと思った。
「過去は変えられない」も「過去は変えられる」も、どちらもそのとおりだと感じた。

明日は新潟に帰る。