田舎における「百姓」という働き方

まず先に弁明したい。
この記事において私はあえて「田舎」という言葉を使おうと思う。

本来、私はあまり「田舎」という表現が好きではない。
私は新潟出身だが、「新潟って米以外に何かあるの?」と聞かれたり、「田舎いいなあ、羨ましい」なんて言われると「何もない」ことをことさら強調されているようで内心やきもきしてしまったり、言っている本人は全く他意がないのはわかっているけれどもひとりでコンプレックスをちくちく刺激されてきたというありがちな経緯がある。
(今は新潟も大好きだし、何もなくていいと思っている。)
特に近年では「田舎暮らし」などポジティブな捉え方もされてきているし、自然が豊かで大らかなイメージもあるかもしれない。しかし、自分の感覚から、地方出身者にとっては地雷になりかねない単語だと考えている。
その土地の人が自ら(自虐を含め)使うならともかく、他所からやってきて「田舎」呼ばわりは失礼になりかねない。よって私は使わない、と決めている。そして、ちょっと曖昧に「地方」と表現している。

ただ、「地方」という言葉は首都圏以外の全てを含んでしまうので、ここでは、高齢化問題ど真ん中で人口減が切羽詰まった問題である地域を表して「田舎」とします。

以上、弁明終わり。


私の職業はなんなのか

初対面の方と話していて「お仕事は何をされているんですか?」と聞かれると、いつも困る。

1年前なら「新潟から移住してきて、地域おこし協力隊をやっています」で済んだのだけれど(参考記事:国東市地域おこし協力隊になってみた【その1】)、今は「さあ、なんでしょう…」と答えて相手を困らせてしまうこともある。

収入源から考えると、私は間違いなく講師だ。
時間配分で言うならデザイナーかなと思うし、心の中では占い師のつもりだ。イベント主催もするし、最近はプログラミングをはじめた。

「私は何をしているのか」と改めて考えた。
結果、私は私が欲しいものを作っているのだという結論に至った。
講師は完全に収入源だし、占い師は完全に趣味の延長なのだけれど、私が「こんなイベントがあったらいいな」という企画を立て、「こんなペーパーが読みたい」と思うフリーペーパーを作り(最近作ってないです…)、今は「こんなサイトがあったらいいな」と思うサイトを作ろうとしている。

そのとき、ふと思い出した。
これは、以前聞いた「百姓」というものなのではないか。


百姓とは

「百姓」には、農民、農業を営む人という意味がある。
しかし、かつては農民と言っても農業だけをやっていたのではなく、大工仕事であったり藁を編んだり、暮らしを営むのに必要な様々な仕事を誰もがしていた。だから「百姓」とは「百の仕事を持つ」という意味なのだという。

(これに関してはおそらく諸説あり、「百姓」は「百」の「姓(かばね)」という文字通り、古代においては「さまざまな姓を持つ貴族や公民」を意味しており、その後「庶民」を表す言葉になり、江戸時代以降に「農民」という意味が一般的になったという説明もあった。)

これまで、仕事はより専門化、細分化されてきた。そのほうがより効率的だからだ。
笠地蔵に出てくるおじいさんは、自分で材料を作り、製品化して手で販売していた。今も、たとえばパン屋さんは自分で作ったパンを自分で売る。しかし、小麦をはじめとする材料は(多くの場合)仕入れている。会社になれば、製造部門、営業部門など、作る人と売る人が完全に分かれていることも多い。さらに大きな企業になれば、総務、人事、経理など、多くの部署を抱えている。
しかし、これからの時代は、ひとりが複数の仕事を持つようになる。

そんな話を聞いたのは数年前。
私も会計の仕事をしていた。
その後、大企業が副業を認める方針を発表したりして、より働き方の多様性が身近になってきた。しかしその一方で、就職活動に失敗して自殺する学生が増えている、なんてニュースもあった。大学の多い都市部においては特に、生き方の多様性なんて夢物語のようにしか響かないのかもしれない。(それ以前に、そんなキーワードが入ってこないのかもしれない。)

国東でも、昔はどこの家でも七島藺(イグサとは別の、畳の原料)を編んでいたと聞く。今も普通にコンクリを打てるおいちゃんがたくさんいる。主に農業を営みつつ、畳表を編み、簡単な工事は自分で行う。田舎ではそれが普通だったのだろうし、今も完全になくなったとは思わない。とはいえ、「仕事とは会社に入ること」「ここには仕事がない」と、若い人が外に出て行ってしまう流れは国東でも同じだ。


国東におけるパン屋さん事情

国東近辺では最近パン屋さんの開業ラッシュだが、面白いことに皆パン屋一本ではない。いろいろ取り組んでいるうちのひとつとして、パンを作り、売っている。(おそらく誰も「パン屋です」とは名乗らないと思う。)

たとえば、国東でたくさんお金を借りて設備の整ったパン屋を作るとする。たくさん作って、たくさん売る。効率的だ。しかしいったい誰に売るのか。うちの最寄りのコンビニは、車で30分の彼方である。(関連記事:国東半島はあの世に限りなく近いと思う。)新潟市に住んでいて、車で30分圏内にどれほどのコンビニがあっただろうか。とても数え切れない。田舎の消費力の現実である。

田舎には「パンをいっぱい作れば効率がいい」という考え方は存在しない。
国東市長は、国東市の小学校の給食のパンを市内の業者に依頼したいとずっと言い続けている。しかし、パン屋さんには断られているという。
確実に顧客がいる。しかも自治体だ。パン屋を作るのに利用できる補助金制度もある。私も、これは仕事になるのではないかと市役所に話を聞きに行き、実際に計算した。しかし、給食をまかなうだけのパンを焼く設備を入れてしまったら、借金を返すためにパンを焼き続けなければならない。そして、この人口の少ない地でそのパンを売り続けなければならない。
やり方によっては、うまくいく可能性はあると思う。しかし、それよりは他のところをがんばったほうが、もっとずっと豊かな暮らしができる。私だけではなく、今までこの話を聞いたすべての人がそう考えた結果、今も残念ながら国東市の給食のパンは市外の業者さんに頼んでいる。(地元のパン屋さんのパンを小学生に給食で食べてもらいたい、という市長の思いには賛同する。)
田舎のパン屋さんは、パンを焼くだけではないのだ。そういう生き方が、ここには普通に存在している。


「日本は、これから人口減少や高齢化問題と直面していなければならない。そのときに、田舎がモデルケースになる。今、私たちの目の前で起きていることこそが、日本の最先端なのだ」という話をしてくれたのは、近所に住むイラストレーターであり陶芸家であり、空き家問題についていろんなところで講演もされていて、今や「何屋なのかわからない」という中野さんだ。(参考サイト:宮崎日日新聞「空き家再生策紹介 宮崎市の研究会で専門家講演」)まさに最先端。

そう考えると、自分でも何をしているのかよくわからない私も百姓であり、それはきっと最先端なのだ。

おかげさまで今日もご馳走です。

天気がいいので庭の草木に水をあげていたら、隣の畑からアキさん(仮名)が声をかけてくれた。(前回の話:感謝して受け取る。

「大根食べるかえ?」と聞かれたので「食べます!」と即答すると、「好きなだけ持っていきよ」と笑う。
「こんなのもらっていいのかな…」と思うような立派な大根を一本抜いて「ありがとうございました」と声をかけると、「それだけでいいんかえ?ほうれん草も持っていきよ」と言ってくれた。
じゃあ…とちゃっかりほうれん草を探すが、どれがほうれん草かわからない。
畑の中をうろうろとしていると、畑の奥で一作業終えたアキさんが来てくれて、可愛いほうれん草をざくざく刈って渡してくれた。


アキさんはいろいろな野菜を育てている。
大根、にんじん、ほうれん草、白菜、キャベツ、水菜、高菜…。
春に向けて、マメ科の何かが可愛い白い花をつけている。
まだ芽が出たばかりの大根も見せてもらった。
隣の区画には、食べ盛りの大根がにょきにょき生えている。
こんなに小さい芽がこんなにも大きく育つのだなあと思うと、手に持った大根もより愛らしく感じる。

畑を眺めながら「これは長ねぎですか?」と聞くと「これは玉ねぎ」とアキさん。
玉ねぎって、こんなにもねぎなのか(?)と、自分の無知ぶりに驚く。
他の区画を指して「こっちは長ねぎですか?」と聞くと、それはにんにくだった。
どうしよう。全然わからない。
これまでずっと、野菜というのはスーパーや直売所で売っているものだったなあと改めて思う。
新潟に帰った頃から少しずつ農業を営む友人も増えてきて、随分知った気になっていたけれども、
実際に自分の口に入るものの半分も、私はその姿を知らないのではないかと思うほどだ。

畑の中を歩く間にも「大根もう一本持っていきよ」「水菜食べるかえ」と、あっという間に両腕がいっぱいになる。
「一回軒下に置いてきたら?」と言われたのだが「まだ持てます!」とちゃっかり白菜とキャベツもいただいて帰った。


アキさんの野菜は、本当に美味しい。
豚汁を作ろうと大根をいちょう切りにする端からついつまんでしまう。
しゃくしゃくと心地良い歯ごたえがあって、みずみずしい。
生の大根がこんなに甘いものだとは知らなかった。
(りんごか梨をイメージしてもらうとだいぶ近いと思う。)

アキさんいわく、「本当は好きなときに持っていってくれていいけど、あんたのことだからそれはできんやろ。だから、私がいるときにその分もたっぷり持っていき」とのこと。
つい遠慮してしまうところまで見透かされているのだなあと思うと、なんだかこそばゆい。
「ごちそうさまです」と畑から出ていく私に「おごっそ(ご馳走)お食べ」といつも声をかけてくれる。
おかげさまで今日もご馳走です。

声高く、鹿鳴くる春。

啓蟄も過ぎて、より春らしくなってきた。
具体的には、灯油の減るスピードが遅くなってきたし、家の中で時折虫を見かけるようになった。
あたたかくて過ごしやすくなったなあと思っていたけれど、虫の出現を目にするたびに冬に戻りたいような気になる。

夜になると、家の外から鹿の鳴き声が聞こえるようになってきた。
今日は帰り道に猪2頭、鹿2頭にあった。
虫だけではない、(私も含め)すべての生命が活動をはじめている。

 奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の
 声聞く時ぞ 秋は悲しき(猿丸大夫)

小学生の頃、夏休みの宿題で覚えさせられたときには「鹿はどんな声で鳴くんだろう」と思っていたのを思い出す。
しかし、奈良の公園で会った鹿たちは、鳴いていなかった。
鹿せんべいを手にする私に、威圧するかのように無言のまま四方八方から迫ってきて、せんべいをむしり取って去っていった。
その記憶のせいで、鹿はあまり鳴かない(そして怖い)という印象がある。

「春なのに、めっちゃ鹿鳴いてるし」と思って調べてみたところ、鹿の恋の季節が秋なのだそうだ。
9月から11月が繁殖期で、オスは他のオスを威嚇し、メスを呼ぶために鳴く。
その声は「ピイー」とか「フィー」とか、女性の甲高い悲鳴にも似ている。
はじめて聞いたときには、あまりに高いのでてっきり鳥の声だと思っていた。
俳句でも、鹿は秋の季語だという。
なるほど、やはり鹿が鳴くのは秋なのだ。

そういえば先ほどの鹿の声は「ぴゃっ」という短いものだった。
警戒しているときの声だそうだ。
だいぶ近くから聞こえた気がする。
仲間と共に里に降りてきているのかもしれない。

2年前までは、「え!鹿?!すごい!!」といちいち驚いていた気がするが、気づいたら「ああ、また鹿か」と思うようになってしまった。
月日の流れと人間の適応力には驚かざるを得ない。