初雪から、初春

先週、種田にも雪が降った。
暦の上でも大寒にあたる日だった。
種田は海に面した集落なので風が強く、雪が舞ってしまって積もらないらしい。3日間に渡って時にはらはらと、時にもさもさと降り続いたが、集落の中には雪は残らなかった。伊美から種田に抜ける山道に多少積もった程度だ。
まさか九州に雪が降るなんて考えもしなかった雪国脳の私は、スタッドレスを一式新潟に置いてきている。買ったほうがいいだろうか今年は買わずにすむだろうかと毎年悩んでいるが、今のところ大雪に見舞われたことはない。山手はだいぶ積もるようだが、国道に近い海側なら今後もなんとかなりそうだ。

今日は旧正月。
来週には立春だ。
新潟に住んでいた頃は、立春なんて一年でいちばん寒い時期だし「どこが春だ」と思っていた。しかし、昨日あたりから急に空気があたたかく、やわらかくなった。鳥のさえずりもにぎやかだし、そういえば日もだいぶ長くなってきている。家の玄関を掃いていてふと顔をあげると、集落のあちこちに花が咲き始めているのが見えた。春だ。
立春のひとつ前の節気が大寒なのは、まるで「夜明け前がいちばん暗い」という格言のようだと思う。極限まで煮詰まった寒さがほろっとほどける瞬間が、春の始まり、すなわち立春なのかもしれないなあと考える。

ここしばらくの間、あまりの寒さにこたつとほぼ一体化していたが、ようやく独立できそうだ。
明けましておめでとうございます。

感謝して受け取る。

トイレに入ったら、窓の外から声をかけられた。
窓の向こうは家の裏手で、近所に住むマサさんの畑が広がっている。
窓を開けてみるとアキさん(仮名)が畑仕事の真っ最中で、
「野菜をあげるから出ておいでー」と言う。
トイレはひとまず置いて、いそいそと玄関から裏へと向かった。

「あんたが出てこらんから、なかなか野菜があげられん」
アキさんは笑いながら、畑から立派な大根を抜く。
寒くなってからすっかり引きこもり気味の私を、
気にかけてくれていたらしい。
「1本でいいかえ?2本持っていくかえ?」
と聞かれたので、立派な菜っぱのついたままの大根を1本だけいただいた。
と思いきや、結局白菜2玉、サンチェ5束にかぼすもごろごろと分けてもらって、
その代わりにちょうど焼いたばかりだったスコーンをお渡しした。

アキさんだけではなく、集落の方々にはいろいろといただいている。
タチウオ、お米、お餅。そして採れたての野菜。
いつももらってばかりで、私からは大して返せていない。
区(自治会)にも入っていない。
草刈りもしてもらっている。

自分ではあまり意識していなかったけれども、
今までは感謝よりも「申し訳ない」という気持ちのほうが大きかったような気がする。
でもきっと本当はそんなに恐縮する必要はなくて、
ただひとつひとつに心から感謝して受け取ることが大切なのかもしれない。

「あんたが出てこらんから、なかなか野菜があげられん」
なんてあたたかい言葉だろう。
思い出すと口元がほころんでしまう。

ないものは作る。

この年末年始は珍しくお菓子を作ってみた。
昨日はアップルクランブル。
今日はバナナとくるみのスコーン。

いただきもののブルーベリージャムを添えて。
いただきもののブルーベリージャムを添えて。

お菓子作りが趣味、というわけでは全くない。
ごはんもおやつも、できることなら作らず済ませたい。
私は実はコンビニが大好きで、お菓子もカップ麺も大好きで、
特にこの時期店頭に並ぶ冬季限定のチョコ菓子に目がない。
(自分でも良くないなあとは思っている。)

しかし最寄のコンビニは車で30分の彼方である。
スーパーに行くにも、山道を10分走らなければならない。
いくら走り慣れたとはいえ、夜の山道は視界も悪く気が抜けない。
鹿も出る。

基本的にものぐさなので、
それならば家から出ずになんとか済ませようと考える。
しかしおやつを食べないという選択ができず、
家にあったものでそれらしいものを作ってみた。
実際に作ってみるとそれほど手間でもないし、なかなか美味しい。
「楽しい」とまでは言わないけれど、また作ってみようかと思っている。

そういえば、2016年はフリーペーパー作りからはじまり、
はじめてのパン作り、DIYと、何かしら作ることをしていた気がする。
最近ではミシンを手に入れて、スカートを作ってみた。
基本的に、身近に手に入らないものを賄うという姿勢だ。
(フリーペーパーも、自分の知りたい情報がまとまっていないので
 仕方なく自分の読みたいものを作っている。)

(特に地元の人には)「周りに何もない」「不便」と言われる我が家だけれど、
そのおかげで少しずつスキルが身についてきている気がする。
これも田舎暮らしの醍醐味かもしれない。