「国東探訪 VOL.00」続報

先日発行した「国東探訪 VOL.00」。
伊美別宮社の祭神が、なぜ勧請元である石清水八幡宮と違うのかについて「引き続き調べてみようと思う」と書いた。実際のところは国東市図書館の司書さんに丸投げで調べてもらっていたのだが、この度結果をいただいたのでご報告を。

昭和50年発行の「海を渡る祭」には「宇佐神宮の御祭神と全く御同神」(=現在とは違う)と書いてあった。
しかし、それ以前に書かれた複数の文献に、祭神は「品陀和気命」「帯中日子命」「息長帯比売命」と記されているので、少なくとも昭和20年の時点では現在と祭神は同じだったようだ。
しかし、「なぜ違うのか」「いつから違うのか」について、今のところ答えは出そうにない。